遊爺札幌競馬塾

ゆ~じ~が競馬予想と競馬に関わる話題を熱く繰り広げる競馬特化ブログ

名馬の墓場から…

90年代前半くらいまで日本は「種牡馬の墓場」という酷いニックネームで呼ばれていたことがありました。

ある程度キャリアのある競馬ファンならば誰しも一度は聞いたことのあるフレーズではないかと思われます。

 

世界的なビッグレースを制するなど輝かしい実績を残した名馬が

種牡馬として日本へと購買されていくことは昔から少なからず見られていました。

しかし、その多くが期待ほどの活躍を見せることが出来ないことも少なくありませんでした。

 

加えてかつての日本競馬はいわゆる鎖国状態でジャパンカップが創設されるまでは基本的に海外競走馬の参戦を認めていませんでした。

当時の日本競馬の水準は世界的に見ても決して高いとは思われておらず、海外からの参戦を認めてしまえばたちまち席巻されてしまう恐れもあり、国内の馬産を守るという名目で閉ざされていたのでした。

 

ジャパンカップ創設前は超一流クラスの名馬がいきなり日本で供用されることもあまりなく、自国で結果を出せなかった種牡馬を安い価格で購入することも多く、その様を「墓場」と呼んだ方が少なからずいたのでしょう。

 

しかし、90年前後に日本にバブル景気が到来、日本円の価値が飛躍的に上がったことで状況が大きく変貌することになります。

凱旋門賞トニービンキャロルハウスカーネギーアメリカ最強馬サンデーサイレンスアメリカ芝最強馬サンシャインフォーエヴァー、全欧最強馬ダンシングブレーヴなど超一流馬が次々に日本へとやってくることになります。

f:id:yuujiikeiba:20200520223610p:plain


そしてサンデーサイレンスが日本競馬史に燦然と残る大成功を収め、時をほぼ同じくして日本馬は国外のG1で活躍し出すようになり、かつて囁かれていた「種牡馬の墓場」というフレーズは次第に過去のものとなりフェードアウトしていったのでした。

 

 

今、何故そうした話題を出してきたのかというと、先日フォーティナイナーが35歳の生涯を閉じたという報道があったことがきっかけでした。

フォーティナイナーは1985年生まれ。

アメリカで2歳チャンピオンに輝き、3歳3冠路線に於いてはウイニングカラーズ(ゴールデンカラーズの母)、ブライアンズタイムリズンスタースターバレリーナの父)らと死闘を繰り広げるなどし、G1を4勝した世代を代表するスターホースでした。

f:id:yuujiikeiba:20200520223850p:plain


当時、脚光を集めていたミスタープロスペクターの直仔でもあり、高い期待を受けてアメリカで種牡馬入りしたフォーティナイナーでしたが、初年度産駒は当初の期待ほどは活躍を見せないでいた折にJRAが同馬を1000万ドルで購入したのでした。

当時の円相場は1ドルが80円程度の超円高となっており、それが同馬の購入を少なからず後押ししたと言えそうです。

1ドル360円なら36億円…そりゃ手が出ないですが、80円なら8億円。それなら買えますよね。

 

その後、フォーティナイナーアメリカに残してきた産駒達が大活躍。

次々にG1で活躍する馬が現れ、一躍トップ種牡馬に駆け上がったこともあり、アメリカからは再三買い戻しのオファーが来ていたそうです。

 

しかし、JRAは結局そのオファーには乗りませんでした。

日本で供用されたフォーティナイナーはダート戦線を中心に活躍馬を出し、ユートピアは海外でもゴドルフィンマイルを制する活躍も見せています。

リーディング上位10位以内の常連として長年活躍を見せていましたが、その血を後世に引き継いでいく種牡馬は現れることはありませんでした。

 

日本競馬に於いての主流はあくまで芝戦線であり、ダートはそれより軽く見られています。当時は今以上にダート戦線の価値が評価されてはいなかったことが最も大きな理由でしょう。

それは優秀な繁殖牝馬が芝適性の高いサンデーサイレンストニービンブライアンズタイムなどに多く向けられることになることにも繋がってきます。

加えて供用されたのが社台スタリオンステーションではなく日本軽種馬協会静内種馬場だったことで種付け相手の多くは社台グループと比較してもレベルの劣る日高の繁殖牝馬であったこと。

 

結果として、まずまずの成果は出していたものの突き抜けた能力の産駒が出ることもなく、種牡馬としては2007年に引退しています。

 

アメリカに残してきた少ない産駒の中からはディストーテッドヒューモアが種牡馬として成功を収め、今でもアメリカ国内ではフォーティナイナーの血が繋がれています。

しかし、日本に輸入された直仔のエンドスウィープトワイニングも含めて直系は繋がってはおらず、その血は母系に受け継がれるのみとなっています。

 

もし…の話には意味などありませんが、仮にフォーティナイナーが日本に来なければ、アメリカの血統シェアを大きく変えていた可能性すらありました。

 

この馬は日本に来て本当に良かったのだろうか…という点では今も考えさせられます。

 

もちろん、種牡馬引退後も大切に扱われたからこそ35歳という超高齢までその生涯を続けることが出来たのではありますが…。

 

 

このように母国側からすれば実に勿体なかった…という事例はいつくかあったりもします。

90年代欧州最強と言われたダンシングブレーヴにしても本来なら日本に来るような馬ではありませんでしたが、最初は産駒がそれほど走らずにマリー病を患っていたこともあり日本へと売られてしまいましたが、輸出後にコマンダーインチーフホワイトマズルなどが出て、日本でも体調が持ち直したこともあって産駒はいくつものG1を制する活躍を見せました。

まあ、ダンシングブレーヴについては多くはない産駒の中からキングヘイローなどが後世に血を残してはいますが。

 

 

さて、輸入する一方だった日本競馬ですが、2000年頃からは国外のレースでも活躍することが珍しくなくなりました。

また、サンデーサイレンスという世界でも有数の大成功を収めた大種牡馬が現れたことでこれまでとは逆に日本産馬が海外へと輸出される道筋が築かれました。

 

が、実際のところは2020年に至る今に於いても日本で超一流クラスの成績を残した馬が国外へと輸出されることはあまり殆ど見られてはいません。

 

これまでに輸出された日本生産馬で国外で目立つ結果を残した種牡馬を以下に記してみましょう。

 

アグネスゴールド   アルゼンチンで種牡馬として成功

ハットトリック    全欧最優秀2歳馬ダビルシムを出すも後にブラジルへ輸出

ペールギュント    アメリカで重賞3勝のフランボヤントを出す

グレートジャーニー  英G2勝ち馬マックスダイナマイトを出す

ディヴァインライト  英1000ギニー馬ナタゴラを出すもトルコに輸出

 

はっきり言って一流と言われる国に於いてリーディング上位に入る活躍を見せた馬は1頭もいません。

 

ただ、日本に於いて超一流というクラスの馬が全く輸出されていないのも事実。

少なくともサンデーサイレンスディープインパクトの血を求める人は国外にも多数いるのは間違いない事実。

実際にセレクトセールなどではこれらの産駒が購入され国外へと渡っていますし、わざわざ種付けの為に日本へと牝馬を送り込んで産駒を自国へと連れて帰るケースも少なからず出ています。

その中から英2000ギニーを制した日本産馬サクソンウォリアーやアイルランドを生を受けた

仏ダービースタディオブマンやイギリス生まれの英1000ギニー馬ビューティパーラーが現れています。

f:id:yuujiikeiba:20200520224157p:plain


このように少なくとも欧州に於いては日本の種牡馬が十分に活躍できるだけの可能性が感じられるだけの成績も残しつつあります。

既に日本馬の能力が世界的に十分に通用することは殆どの国の競馬関係者は認識は持っているようです。

 

そりゃわざわざゴドルフィンが日本に牝馬を何頭も種付けに連れてきているんですから。

 

しかし、それは裏を返せばそれだけ日本の一流種牡馬が買えないことの裏返しでもあるかと思います。

かつてサンデーサイレンス産駒が大活躍していた頃、国外の関係者から輸出のオファーは少なからず来ていたようです。

しかし、一流の馬は海外へと赴くことはありませんでした。

「ロサードでいいから売ってくれ」とさえ言われたとの逸話もあるそうです。

 

恐らく課題は一流馬を売らないことにあるのかもしれませんね。

勿論、価格の高さが何より大きな要因ではあるでしょう。

日本でトップクラスの実績を残した馬ならば種牡馬として10億円以上の価格になることはザラですしね。

世界的に競走馬の価格が高く推移しているアメリカでならば数億円以上の値段ででも種牡馬としての需要はあるのかもしれませんが、アメリカに於いて日本の芝競馬でしか結果を出していない種牡馬に10億円もの大金を出すのは流石にリスキーです。

 

もうそうなると活路を見出せるのはシャトル種牡馬として南半球へと送り出すことや完全売却ではなくレンタルで期間限定で送り出すことではないでしょうか。

 

競馬は夢のある世界ではあるのですが、一方でビジネスでもあります。

普通なら利益が出やすい可能性が高い方法を取ろうとするのが当たり前です。

また、日本には種牡馬を輸出すると言う文化は根付いてはおらず、一流馬を国外へ輸出することに対して少なくない抵抗もあることでしょう。

 

しかし、いつまで日本は血の吹き溜まりにならければならないのでしょう。

 

世界と互角に戦えることを示し、認められるようになってから約20年。

そうしている内にサンデーサイレンスディープインパクトもこの世を去ってしまいました。

仮にドゥラメンテやコントレイルが買われていってしまったら日本の競馬界には衝撃が走ることでしょう。

しかし、それがこれまで長きに渡って日本がアメリカや欧州にしてきたことです。

 

大切な名馬達を譲ってくれた恩を返す時は既に来ているように思います。